2024年はメドテックへ投資を実行する年です。多国籍企業は収益とキャッシュポジションを着実に改善しています。スタートアップはこの1年間で資金調達により成長し、積極的に新たな投資ラウンドを求めています。ベンチャーキャピタル、企業ベンチャー、そしてプライベートエクイティ(未公開株式)には多額の未投下資本があります。これらの資本がプロジェクトに活用されていないことで、メドテックのイノベーションを進める上で大きな溝が生まれています。マクロ経済が改善し、インフレが緩和され、組織が安定している中で…今こそ火薬に火をつける時です。
メドテックへの投資をどこに展開すれば、最大の効果とリターンが得られるでしょうか? 我々が注目している投資余地のあるイノベーション領域は次の5つです:
デジタルマラソンにおける競争
メドテック産業はデジタルマラソンの5マイル地点に過ぎません。1マイル地点では、デジタル戦略の策定とデジタルの旅に乗り出していく組織の熱意が素晴らしく感じられました。チームは活気づき、組織は進化し始めましたが、レース開始時の興奮は薄れてしまうでしょう。ほとんどの組織は、ハードウェアやデバイスプラットフォームをデジタルエコシステムに統合するために必要な投資を大幅に過小評価しています。積極的かつ冷静に、デジタルマラソンを完走するために投資してきた組織が先頭を走り、集団を導くことになるでしょう。勝者の特長は何でしょうか?
- 製品、プラットフォーム、およびエコシステムを統合した体系的な計画である長期的なイノベーションロードマップの策定、
- 次世代センシング技術を現行製品へ統合し、価値の高い臨床データ、処置データ、ワークフロー、および医療データの収集
- 多数の臨床データ、ワークフロー、および医療データの流れによって可能になったAIトレーニングモデルの構築と継続的な改良
- アンメットニーズと臨床応用を、絶えず進化する新規技術と融合させることに注力しつつ、アジリティ(敏捷性)を受け入れる研究開発文化の育成
- 中核となる能力を強化しつつ、能力と競争力を高めるためのイノベーションパートナーシップの締結
収益ミックス*を改善するプラットフォーム統合(*粗利益率の高低を組み合わせて全体の利益幅を確保する手法)
メドテック研究開発パイプラインの成功は、歴史的にFDA510(k)の認可や製品の上市で賞賛されてきました。しかし、長期的な価値創造は製品の上市だけに依存しません。収益と利益はより一層、サービスや成果報酬型の支払い、複数の製品とプラットフォームが調和して患者を治療するスマートエコシステムにより実現される新しいビジネスモデルから得られるようになるでしょう。
整形外科手術はたった5年で「医療用金属からAI」へと急速なイノベーションを遂げた興味深い例です。整形外科業界はロボットプラットフォームと統合したセンサー機能搭載の外科手術用器具を早くから採用してきました。その主な理由は、骨の解剖学的構造の検知が、第一世代の光学的および非光学的センシング手法により優れた技術的実現性を示したためです。第一世代のロボットは、術前計画、タスクの自動化と検証、インプラントの配置最適化を可能にしました。第二世代のロボットプラットフォームは、データ収集(視覚、位置、方向、生理学、組織バランス、術後の回復とモニタリング)に向かっています。
初期の頃、大多数の整形外科組織が病院から手術データにアクセスすることが困難で、データを所有できないことに課題を感じていました。しかし、時間の経過とともに、企業や病院は膨大なデータを所有することではなく、意味のある洞察を生み出すことにより価値が形成されることを認識しました。最近では、病院や組織は患者の転帰の利益のために、匿名化された、サイバー攻撃に対しても安全なデータを共有するべく密接に連携しています。
研究開発ポートフォリオを統合へとシフトさせる変化が、これまで以上に急速に進むと予想されます。より多くの小さな失敗、よりアジャイルな開発、そして新規技術をより早く研究開発ポートフォリオに統合する意欲が高まるでしょう。我々が今年注目している新規技術には、フォトニックイメージング、手術やリアルタイム診断をガイドする生体内分子センシング、神経機能を回復させるマイクロ刺激、実世界のエビデンスプラットフォームへのAIの導入、手術全体のデジタルツイン、および新規バイオテクノロジーに基づく治療薬の臓器への直接投与などがあります。
心臓血管疾患
心血管、心臓病学、および心調律管理製品は、20年間にわたって収益成長の波がありました。最初の波はステント技術の進化であり、次に新しいペースメーカーや除細動器、そして近年では新しい低侵襲型の構造的心疾患関連製品の発売がありました。しかし、心臓血管系の多くのイノベーションは、材料や受動的なデバイスに依存しています。この業界セグメントは、特に医療技術セグメント間の融合により、技術破壊の機が熟しています。
新しい世代のセンシング技術と治療法が登場しています。当社のチームは、大幅に小型化され、かつ非常に侵襲性の低いセンシング、電力、通信技術に期待しており、心臓病、心不全、血管血流、電気生理学、および末梢血管の健康に関連する多くの生理学的パラメータを測定することが可能です。
心臓血管の健康は、5年前の整形外科や消化器疾患治療に類似した新しいイノベーションの波を迎えるでしょう。術中の埋め込み型センサー、高度な3Dナビゲーション、手術計画、手技に特化した柔軟なロボット技術、AI支援による計画とナビゲーション、そして実世界のエビデンス分析が、心血管医療における主役となるでしょう。
ウイメンズヘルス(女性の健康)
ウイメンズヘルスは、医療の中で最も投資されていない分野の1つであるが、患者への影響、社会への影響、そして子供の健康と幸福に対するプラスのハロー効果に多大な可能性を秘めています。妊婦のケア、リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康)、乳がん、卵巣がん、女性が罹患する心血管疾患や整形外科疾患には多くのアンメットニーズがあります。
資金不足は、ウイメンズヘルスのイノベーションと成長を阻む最大の障壁です。ウイメンズヘルスは1兆ドルのビジネスチャンスですが、2023年における医療ベンチャー投資全体の265億ドルのうち、ウイメンズヘルス企業への投資はわずか4%でした。
世界経済フォーラムは、ウイメンズヘルスを「世界最高の、そして最も資金不足の投資」と宣言しました。「フォーチュン」、「ファスト・カンパニー」、「SVB」、「HSBC」、「マッキンゼー・ヘルス・インスティテュート」、そして「デロイト」を含むあらゆる主要なビジネス出版誌が、ウイメンズヘルスへの投資不足を強調しています。この体系的な問題に光を当てることは極めて重要であり、必要な行動につながります。
投資コミュニティがこの格差に着目し、行動している前向きな兆候もあります。ゲイツ財団は、長年にわたって女性と子供の健康に関するイノベーションへの資金提供をリードしており、数十億ドルを世界的な取り組みに投入しています。2023年には、米国と英国のNHSプログラムにおける政府の資金支援イニシアティブが、数億ドルをウイメンズヘルスに投入しました。
賢明な投資家は、ウイメンズヘルスのイノベーションを推進のための専用投資ファンドを設立するでしょう。どのベンチャー、プライベートエクイティ、コーポレートベンチャーが、この未開拓ながらも高成長でインパクトの大きいこの分野に投資ポートフォリオを集中、展開させるか注視しています。
ヘルスケアのグローバルな民主化
世界の人口の85%が新興国で生活していますが、ほとんどの人々は高品質な医療を利用できません。患者数、手術件数、病院の規模、人口動態、成長の可能性などどのような指標を見ても、そのインパクトの大きさは計り知れません。多国籍企業は過去10年間、世界市場にアクセスするためのグローバル戦略を構築してきました。その大半は、地域の営業部門の構築、流通パートナーシップ、地元メーカーとの共同マーケティング、臨床的な洞察や顧客の声の収集など、従来の方法を実施していました。しかし、新興市場の病院は、欧米よりもはるかに早くイノベーションを受け入れています。
例えば、インドに拠点を置くアポロ・ホスピタルは、世界最大の統合病院システムの1つであり、業界との提携戦略を成功させています。アルファベットは、アポロの病院内での患者、処置、健康データの追跡を支援し、エアテルはナイジェリアでのアポロの遠隔医療の取り組みを可能にするために5Gを提供しています。サノフィは、糖尿病治療のための統合された地方センターであるアポロ・シュガー・クリニックの長年の投資パートナーです。また、アポロは長年にわたりメドトロニックと協働し、手頃な価格の血液透析とAIを活用した脳卒中管理システムの開発を行ってきました。最近では、アジア太平洋地域においてメドトロニックが初のロボット手術を行いました。
グローバル市場は、新しいビジネスモデルやデジタルサービスモデルの貴重な実験場となり、イノベーション力を高めることができます。このグローバルな機会は十分な規模があるため、たとえ業界の競合他社であっても、業界内での協力により相互に利益を得ることができます。現実的なコラボレーションのルートとしては、リアルワールドエビデンス(RWE)の生成や、病院イノベーションセンターへの共同投資などがあります。コンソーシアム方式も、多くの企業が匿名化されたデータセットにアクセスし、有益な洞察を生み出せるようにするため、医療データに関するグローバルスタンダードを導入するのに役立つでしょう。
最後に: メドテック投資論の再定義
ウォール街はしばしばメドテックを、安定した投資対象、あるいは不況に強い投資対象、あるいはマグニフィセントセブンをヘッジするためのバーベル戦略の一部と捉えてきました。しかしメドテック産業はあまりにも長い間、その役割を担ってきました。メドテックは他のほとんどの産業よりも低い投資リスクで高い成長の可能性を提供しています。この産業が疾患の治療経路全体への対応に向けてより急速に前進するにつれて、メドテックに対する投資論も進化すると予想しています。
ウォール街は、四半期の製品売上高にとどまらず、メドテック企業がどのように医療価値創造を推進し、1兆ドル規模のビジネスチャンスを獲得できるかにますます関心を持つでしょう。メドテック業界は、当分野への投資論を再定義する上で積極的な役割を果たすべきです。そうすることで、世界中の患者やその家族に救命と人生を変えるインパクトをもたらすイノベーションをもたらすことができるのです。
専門家
当社のラウールはケンブリッジコンサルタンツのグローバル医療機器ビジネスを率いています。当社のチームは、スマートインプラント、外科用ロボットおよび可視化システム、高度な集中治療装置、デジタル手術プラットフォーム、およびデジタルヘルスエコシステムを開発することで、顧客が医療ケアの未来を変革するのを支援しています。