「量子コンピューティングとは何か?」という問いを、今だに世界中の経営幹部から頻繁に耳にします。ケンブリッジコンサルタンツは、物理学者、技術者、設計者など多領域にわたる専門家チームが、量子技術により実現可能な輝く未来につながる確かな道筋造りのお手伝いをします。 この記事では、その恐るべき可能性の一つの特定、つまりビジネスワークフローを変革する量子コンピューターの能力を解き明かします。具体的には、量子コンピューティングクラウドの世界をご紹介します。
まず、「想像的」ですが医薬品業界における現実的な将来シナリオから始めましょう。これは、クラウドベースの量子技術サービスを理解しやすくするために設定した例です。「未来製薬株式会社」という会社を想像してみてください。アレックスという従業員は生化学データを「Acme Quantum」がホストするクラウドサーバーにアップロードします。すると独自のマクロが量子アルゴリズムのセットを黙々と実行して、一夜にして患者X向けにカスタマイズされた治療計画が出来上がり、薬の選択肢も揃います。
アレックスの同僚は最適な治療法を確立する為に、その後数日間にわたって推奨事項を総合してテストをします。すべてのファイルは法規制へのコンプライアンスを確保する為に自動的にアーカイブされます。そして良好な結果がほぼ保証されているため、アレックスはうまくいった仕事に満足し、より高度でやりがいのあるタスクに取り組む事ができます。
量子コンピューティングのビジネス利用
では、これらの革新的な量子技術がもたらす効果を阻んでいるものは何でしょうか?アレックスと未来製薬株式会社のビジョンを実現するには、単に優れた量子ハードウェア以上のものが必要です量子コンピューターは複雑で、その取り扱いには専門知識が必要です。専門外の人にとっては、それが有用であることすら把握しづらく、まして量子コンピューターを効果的に使用する方法など理解できないのです。
利用目的が明確な場合でも、量子サービスや従来のHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)サービス間でデータを安全に転送し、タクスを効率的に分散する為のインフラは整っていません。しかし今日のデジタル環境では、クラウドサービスは柔軟で安全かつ便利なアクセス手段を提供しています。優れた量子クラウドシステムが現れれば、この強力な新興テクノロジーの成長を促進する事が出来ます。
不可能なことが可能になろうとしているのです。
グッドニュースとしては、クラウドベースの量子コンピューティングエコシステムが成長を見せており、Amazon BraketやMicrosoft Azure Quantumのような量子ソフトウェアのツールやクラウドサービスが新しく登場してきています。 こうしたクラウドプラットフォームは主に量子アルゴリズムの専門家に向けて設計されており、研究や新しいユースケースの検討、潜在的な量子コンピューターの効果の検証などに利用されています。
一方、IBM Quantum Experienceのような教育用ツールもあり、アプリケーション分野の専門家が量子コンピューターがどの様に機能するかを学ぶことが出来ます。しかし大きな構図としては、現在利用可能な実用化以前の研究用プラットフォームと、商業的なワークフローに統合できる成熟した量子クラウドサービスの間には、まだ大きなギャップが存在しています。
量子クラウドは使いやすさが重要
ぜひお伝えしておきたいのは、産業分野における普及にとって何が重要かという点です。それはクラウドベースの量子サービスを使いやすくしなければならないということです。もちろん市場で最強の量子コンピューターを準備できれば、それは大きな差別化にはなるでしょうが、必ずしも成功につながるとは限りません。スマートフォンを例に取ると、2007年に市場導入されたとき、ノキアのN95は初代のiPhoneに比べるとダウンロード速度が20倍で、格段に優れた機能を備えていました。しかし、使いたいと思うような製品を提供したのはアップルの方で、結局のところはそのユーザーエクスペリエンスが勝利を収めました。
そしてここからがポイントです。量子コンピューティングの商業的な成功のためには、ワークフローを使い心地の良いものにしなければなりません。そのためには、デジタルサービス開発のベストプラクティスを守ることが必要です。エンドユーザーの目的を考慮したデザイン思考を忠実に守ることが、大きなリターンにつながります。無視してよいのはどの点か?、どの機能をより使いやすくする必要があるか?、データを転送する方法は?、稼働時間の要件は?など、こうした問いに答えることを通じて、量子クラウドソリューションの使用性を高め、成功につなげることができるのです。
量子クラウドのトレードオフについて
優れたデジタルサービスは、正しい設計サービスアーキテクチャによって可能となります。全ての面で利用者のニーズを大事にして設計することが必要です。ここでどのような要件が生じ、そのトレードオフがどうなるかは、ビジネスの分野やユースケースに応じて異なるでしょう。現在の状況視点を明らかにしておくために、量子技術における信頼性とパフォーマンスのトレードオフを考察してみましょう。
量子コンピューターは繊細な為、少なくとも一部をオフラインにする定期的なキャリブレーションが必要です。 古典的なコンピューターでは実行時エラーの発生率は時間とともに変化しませんが、量子コンピューターではシステム パラメーターがドリフトするにつれて、実行時エラーの発生率は徐々に悪化します。
キャリブレーションによってエラー率を基準レベルまで下げることはできますが、これをどの程度の頻度で実施するかという判断によってユーザーのサービスエクスペリエンスの質が変わってきます。そして、どれぐらいの頻度でキャリブレーションを行うかの判断は、ユーザーの要求に従って変わります。小さなプログラムを多数実行するのであれば、エラーがあっても致命的ではないので、キャリブレーションの必要性は低くなります。リソースの利用効率が高まり、コストが低減できることになります。実行に時間がかかるプログラムの場合には、最後まで実行することが重要であるため、成功の確率を高めるためにコンピューターを定期的に調整する必要があります。
ライフサイエンス分野の文脈で、創薬ターゲットの選定や量子化学シミュレーションに向けて最適化された量子クラウドソリューションを考えてみましょう。まず莫大なデータベースをスイープして薬品になりうるターゲットを見つける場合は厳密性は不要で、実行は一括処理可能です。すなわち、実行単位は小さくても多数を実行することが求められるので、安価に実行できることが必要です。有望な候補が特定できれば、薬品の化学特性の高精度でのシミュレーションには大規模で複雑なシミュレーションが必要となります。クラウドのプロバイダーは、利用者の要求を良く理解し、それに従ってキャリブレーションのやりかたを決めることが必要です。サービス品質の保証は、量子クラウドプロバイダーとその顧客間のパートナーシップだけでなく、使用状況によっても変わります。
ハイブリッド世界における量子処理装置
次は異種のコンピューターの動作について考えてみましょう。QPU(量子処理ユニット)では、現在は想像できないような計算を簡単に実行できるようになるでしょう。現状の計算ハードウェアとは根本的に異なる論理によって実行されます。これは反面、旧来のコンピューターで現在簡単に実行できているようなタスクが、QPUでは難しい場合があるということになります。その能力を最大限に引き出すために、旧来の計算と量子計算とを組み合わせたハイブリッド計算環境としてQPUを統合するようになるでしょう。
異種のコンポーネント間での計算処理とデータフローのシームレスな管理が、量子クラウドインフラストラクチャにおける主要なサービス要求になるはずです。自動動作する簡便なツールが無ければ、量子技術の広範な普及が妨げられ、量子コンピューティングの商業的価値の低下につながります。
異種の計算コンポーネント間のオーケストレーションを高い品質で行うクラウドプラットフォームがあれば、それだけ商業的な価値も高まるはずです。個々のコンポーネントの性能が高くても単純な統合ができていないようなプラットフォームに比べて、良い結果を生むでしょう。ライフサイエンスの文脈では、異種の計算リソースをどうまとめて動作させるかを心配するのではなく、サイエンスの部分に利用者の重点が置かれるべきです。
この記事では医薬品とライフサイエンスの分野の例に絞って説明しましたが、量子コンピューティングはどのような分野であっても圧倒的なインパクトを持ちうることは明らかです。当然ながら、利用者の要求はさまざまに異なるでしょうし、新しいサービスプラットフォームへの期待にも大きな幅があるでしょう。研究用途に構築された現在のシステムアーキテクチャは、量子クラウド システムを商用ワークフローに統合する企業の要求に対応できるように進化する必要があります。そして、アレックスのような人がビジネスで成果を上げてゆくはずです。量子クラウドについて、今後も知りたいと思う方は、 メール にてご連絡ください。お待ちしております。
専門家
モデリングおよび量子システム分野のエキスパートで、機械工学・ソフトウェア・デザインなどケンブリッジコンサルタンツで他部署が有する専門知識と融合し新たな価値創造に取り組んでいます。特に、量子技術を応用した社会課題解決のソリューション開発に情熱を注いでいます。